アイソモカ

知の遊牧民の開発記録

タクシーにひとりで乗れない

女性の外見を被って生きていると言葉の性暴力を受けることがある。

5年ぐらい前の話で、自分の中でようやく折り合いがつきつつある話。

嫌な記憶を思い出してしまう人は、無理せず読むのをやめてほしい。それか、真ん中の部分を飛ばして一番下を読むのがいいかもしれない。

社会人1年目とかそのくらいの時期の話。 健康診断を受けるために会社から指定された内科に行く日だった。ひどい雨が降っていて、歩いて行くのはキツい距離だったので、タクシーを呼んだ。

 

来たタクシーに乗り込み、行き先を言ったあと、内科に向かうので風邪だと思われるかな、運転手に悪いかなと思い、「仕事で、健康診断に行かなきゃいけなくて」と言い訳のように言った。

タクシーが走り出すと、運転手は「一人暮らし?」「彼氏はいるの?」と聞いてきた。

そして、ニヤニヤしながら「彼氏がいるなら、真面目そうなのにヤることはヤッてるんだね」と言った。

そのときの気持ちをどうことばにすればいいのか、いまだによくわからない。気持ち悪かった。怖かった。嫌だった。

思考が止まって、力なく笑うことしかできなかった。

降りる時、「お仕事頑張ってね」と言われ、「仕事じゃないです、健康診断を受けるだけ」と答えると、

運転手はモゴモゴと、「なんだ、ナースだと思ったのに」と言った。

どういうことなんだろう、看護師だったら性的なことを言ってもいいと思ったのだろうか?と、さらにモヤモヤした。

追記:看護師という人の生死にかかわる社会にとって必要不可欠な職業を、テメェは馬鹿にしとんのかオルァ!💢ということです。(2022/2/15)

 

タクシーは密室で、自分の命を運転手に握られている。何か怒らせるようなことを言ったらどうなるか、どこに連れて行かれるかわからない。密室で何が起きたのか証言し、あるいは、あなたは悪くないと言ってくれるような目撃者もいない。

この件から、タクシーにひとりで乗れなくなった。誰かと一緒なら乗れる。誰かと一緒なら、嫌なことを言われないだろう、もし言われても、証人がいると思って。

 

あのとき、「ひとり暮らし?」と聞かれたときに正直に答えなければよかったのに、どうして正直に答えてしまったんだろう。 それか、運転手の名前か車のナンバーを覚えていれば(覚えていなくても、こちらから呼んだんだからタクシー会社には何か記録が残っていたかもしれないし)タクシー会社にクレームを言えばよかったのに。

そういうことを5年ぐらい時々思い出しては後悔していた。

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ちょっと待て。正直すぎる人が、どうして責められなければならないんだ?(正直すぎる発達特性は、ぼくがアスペであることと関連していると思う)

悪いのは正直さにつけ込んでニヤニヤしている奴らであって、正直すぎる我々ではないはずだ。

だから、後悔するのを止めようと思う。(後悔するのはやめようと決心するだけで解決する問題ではないが)

正直すぎる人の周りにいる人は、どうか、どうしようもなく正直すぎてしまう我々を「よく知らない人を警戒しないのは良くない」と責めないでほしい。(以前、そうやってアスペerを責めるnoteを読んでショックを受けたことがある)(我々はどうしようもなく真面目に受け取ってしまうので)

 

さらに問題は、正直すぎてしまうことに加え、ノンバイナリーであるぼくにとって、女性とみなされることに対する苦しさも重なってくる。5年前のあのとき、苦しさをうまく分類できていなかった。

自分のことをなぜかどうしても女性だとは思えない(し、男性だとも思えない)でいるとき、現代社会にも残る女性へ向けられる差別や暴力的な目線に、女性たちと手を取り合って対抗することができない。共感できない。苦しさを分かち合うことができない。フェミニズムには救われない。

そして、自分に向けられた差別や暴力的な目線を「女性に対する」と呼んでしまったら、自分が女性であると認めたことになるのではないか?という恐怖と戦ってきた。でも実はそれは違って、女性以外の人も、女性に向けられる差別や暴力を受けることはあるということは強調していきたい。(日本人が海外で中国人に向けられる差別を受けることがあるのに似ていて、差別される側が悪いのではなく、差別する側が悪い)

自分のことをアスペだと思って、発達障害を持つ人々に向けられる差別や暴力的な視線に「我々は」と言いながら対抗することができるのに、 自分のことを女性だとは思えないのは、自分でもとても不思議なんだけど、バイナリーなアイデンティティを持つことができないのはどうしようもないことだ。(どうしようもないことなのだと分かってちょっと開き直れるようになったのも、ノンバイナリーの仲間たちのおかげで、最近の進捗である)

 

例の件から5年ぐらい経って、最近はどんどん図太くなってきて、嫌なことを嫌だと言えるようになってきた。

嫌なことを言われた後、自分は悪くないのに後悔して、次はどう答えるか頭の中で何度もイメトレしてしまう。そうしていたら、声が震えることもかまわずとにかく思ったことを言い、反撃できる場合が増えた。

イメトレをするのはいい。筋トレして、パンチの練習をするようなものだ。だけど、後悔するのは止めような。

 

今度、タクシーにひとりで乗れるだろうか。乗れたとき、乗り越えられたことになるのかなと思う。