アイソモカ

知の遊牧民の開発記録

「肉のアスパラ巻き」は逆なのか?

「肉のアスパラ巻き」に対し、え、それ逆だろ!という意見を耳にし、 同型の表現はどのくらいあるのかに興味を持ちました。

現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)で用例を調査した結果、 57件の用例のうち、「アスパラの肉巻き」型が 67 %、「肉のアスパラ巻き」型が 19 % という結果になりました。

魚と昆布の場合には、「鮭の昆布巻き」というような「アスパラの肉巻き」型が 100 % であったのに対し、 肉類と野菜の場合には表現がゆれることが分かりました。

今回使用したBCCWJ では「肉の野菜巻き」というような例はどちらの型か判別できなかったため、 このような型を調査するのが今後の課題です。


研究の背景

どうですか。どうなんでしょうか。調べてみましょう。

課題

本研究の対象は、「名詞(N1)の 名詞(N2)巻き」という表現で 「アスパラの肉巻き」型と「肉のアスパラ巻き」型のどちらかに該当するものである。

「アスパラの肉巻き」型は、「アスパラに肉を巻いたもの」であり、N1 に N2 を巻いた状態のもの(N2 が外側)を表す。 「肉のアスパラ巻き」型は、「肉をアスパラに巻いたもの」であり、N1 を N2 に巻いた状態のもの(N1 が外側)を表す。 このような表現について、次の観点から用例を調査する。

  • 「アスパラの肉巻き」型と「肉のアスパラ巻き」型の用例の割合はどの程度であるか
  • この割合は、 N1 と N2 に入る名詞により異なるのか
  • 若年層では、「肉のアスパラ巻き」型を使用する割合が他の年齢層と比べて高いのか(これは今回調べない)

調査方法

データの取得

コーパス利用アプリケーション「中納言」により、現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ) の用例を取得した。

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Fig. 1. 中納言での検索条件

後方共起の書字形出現形は、「巻き」と「巻」の2条件とした1

合致しないものを除去

取得した 151 件の用例から、今回調査する表現に合致しないものを除去した。 次のようなものである。

  • 後方共起の読みが「まき」でないもの (例: 単行本の何巻に登場していますか )
  • 巻いた状態でないもの (例: メンバーの花巻さん)
  • N1 と N2 が内側外側の関係にないもの (例: 父親の襟巻き 蟹の砧巻 我が家の恵方巻き)
  • 動作を表すもの (例: ステアリングの皮巻が終了したので持ってきてくれました
分類

得られた用例を「アスパラの肉巻き」型、「肉のアスパラ巻き」型、判別不能 の3つに分類した。 アスパラやゴボウのような棒状のものや、うずらの卵やフォアグラのように外側にできないものを内側と判断し、 昆布やベーコンのような薄い形状のものを外側と判断した。

結果

本研究の調査対象となる用例は 57 件得られ、そのうち全てが料理であった。 表現型の分類結果は、「アスパラの肉巻き」型が 38 件(67 %)、 「肉のアスパラ巻き」型が 11 件(19 %)、判別不能が 8 件(14 %)となった。

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Fig. 2. 現代日本語書き言葉均衡コーパスでの用例の割合

「アスパラの肉巻き」型

N1 に N2 を巻いた状態のものを表す表現(アスパラに肉を巻いたもの「アスパラの肉巻き」型 = N2 が外側)に分類したものを Table 1 に示す。 N1 が魚類かつ N2 が昆布である用例(例:鮭の昆布巻き)が最も多く、今回の調査対象の1割程度となった。

Table 1. 「アスパラの肉巻き」型の一覧

N1 N2 件数
鮭(紅鮭 昆布 10
アスパラ(アスパラガス) ベーコン 3
にしん 昆布 3
フォアグラ 大根 3
えび チーズ 2
イワシ 昆布 2
菜の花 豚バラ 2
アスパラ ハム 1
うずら ハム 1
パプリカ ベーコン 1
モヤシ ベーコン 1
プチトマト ベーコン 1
チーズ ゆば 1
塩卵 鶏肉 1
穴子 湯葉 1
茄子 豚肉 1
にんじん 豚肉 1
ニンジン 豚肉 1
長いも 豚肉 1
きのこ 1
「肉のアスパラ巻き」型

N1 を N2 に巻いた状態のものを表す表現(肉をアスパラに巻いたもの「肉のアスパラ巻き」型 = N1 が外側)に分類したものを Table 2 に示す。

Table 2. 「肉のアスパラ巻き」型の一覧

N1 N2 件数
アスパラ 1
サーモン アスパラ 1
大葉 インゲン 1
タマゴ ウィンナー 1
ハム&チーズ キュウリ 1
もも肉 ごぼう 1
ハム ブロッコリー 1
生ハム メロン 1
牛肉 牛蒡 1
牛肉 長いも 1
ハム 野菜 1
判定不能

判定が不能だったものを Table 3 に示す。 BCCWJ の用例では、写真やレシピ等の判断材料がなく、料理名の列挙という形式が多かったため、 これらがどちらの型なのかは判別できなかった。

Table 3. 判定不能の一覧

N1 N2 件数
茹で豚 サンチュ 1
しそ 1
胸肉 チーズ 1
豚肉 わかめ 1
ズッキーニ 牛肉 1
野菜 1
野菜 1
豚肉 野菜 1

考察

調査データについて
  • 本研究の調査対象となる用例が全てが料理名であったことから、「名詞(N1)を 名詞(N2)に巻く」という表現の中で「名詞(N1)の 名詞(N2)巻き」と名詞化するのは、料理名の場合に限られる可能性が示唆される。
  • 料理名を調査する場合、BCCWJ よりも料理のレシピサイト等の料理に特化したデータベースを用いるほうが適しているかも知れない。
  • 中納言の検索からは、「海苔巻き」が得られなかった。「海苔巻き」が一語として形態素解析されたためと考えられる。
「アスパラの肉巻き」型と「肉のアスパラ巻き」型
  • 今回の調査から、「アスパラの肉巻き」型の用例は多いが、「肉のアスパラ巻き」型の用例も2割程度ある。
  • 「肉のアスパラ巻き」型では、昆布を含むものがなかった(*昆布の鮭巻き)。
  • 「肉(肉・肉製品)」と「野菜(野菜・きのこ)」の組み合わせは32件あった。この組み合わせのみを抜き出した割合を Fig. 3 に示す。 全体での割合 Fig.2 と比較すると、肉と野菜の組み合わせでは「肉のアスパラ巻き」型の占める割合が上がる。
  • 「アスパラの肉巻き」型と「肉のアスパラ巻き」型の割合は、食材により異なる。魚と昆布の場合には「アスパラの肉巻き」型が 100 % に対し、肉類と野菜の場合には表現がゆれることが分かった。

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Fig. 3. 肉と野菜の場合

今後の課題

  • 料理のレシピサイト等の料理に特化したデータベースを用い、より多くの用例を調査し、今回の調査の妥当性を確認する。
  • 若年層では、「肉のアスパラ巻き」型を使用する割合が他の年齢層と比べて高いのか、年齢層での違いを調査する。
  • (順序が逆になったが)「巻く」という動詞に関する先行研究2や料理名に関する先行研究を調べ、本研究の位置付けを考える。

  1. もっと上手い方法が絶対ある

  2. 川野 靖子,壁塗り代換と餅くるみ交替の両方が可能な動詞–「巻く」と「埋める」の分析,文芸と思想,福岡女子大学,2011,vol. 75,p.201-217 など